DREAM ARCHIVE

白線の内側

終電に乗り遅れた。

ホームには誰もいなかった。自動販売機の明かりだけが点いていて、線路の向こうでは回送列車の赤いランプが遠ざかっていく。

改札へ戻ろうとした時、足もとで白線が光った。

「白線の内側までお下がりください」

聞き慣れた放送だった。けれど、電車は来ない。風もない。白線だけが、ホームの端から少し離れたところで、細く明るくなっている。

ぼくは線の内側へ下がった。

すると、スマートフォンに通知が届いた。

「遅延を記録しました」

鉄道会社のアプリではなかった。カレンダーでも、地図でもない。通知の送り主は空欄だった。

画面には、今日の予定が一行だけ表示されている。

「帰宅」

その下に、小さく、

「未完了」

とあった。

たしかに、まだ帰っていない。けれど予定に入れた覚えもない。閉じようとすると、白線の外側で何かが揺れた。

ホームの端に、ぼくが立っていた。

同じコートを着て、同じ鞄を持っている。顔は少し暗くて見えない。ただ、その人は線の外側で、こちらを見ていた。向こうのぼくの足もとには、白線がなかった。

放送がもう一度流れる。

「白線の内側までお下がりください。未確定の方は、しばらくそのままでお待ちください」

向こうのぼくが、何か言った。

音は聞こえない。けれど口の形で分かった。

「早く帰れ」

次の瞬間、ホームの時計が一分だけ戻った。回送列車の赤いランプが、遠くからこちらへ戻ってくる。線路の奥でブレーキの音がした。

スマートフォンが震える。

「別経路を復元しました」

画面には、見たことのない乗換案内が出ていた。徒歩三分、臨時改札、各駅停車。到着予定は、さっき乗り遅れた電車と同じ時刻だった。

ぼくは白線の内側から出ないように歩いた。ホームの端にいたもう一人のぼくは、少しずつ暗くなっていく。

階段の前で振り返ると、もう誰もいなかった。

翌朝、アプリの履歴には、予定通り帰宅、とだけ残っていた。

けれど駅のホームで靴を見るたび、ぼくは今でも少し内側へ下がる。

白線の外には、帰れなかった方の自分が、まだ遅れて立っている気がするからだ。