最後の試験放送
港の防災無線は、毎月一度だけ試験放送を流す。
午後五時、チャイムが鳴る。灯台の横にある古いスピーカーから、少し割れた声が町じゅうに広がる。
「これは試験です」
そのあとで、いつも短い文章が続く。
「海岸付近の方は、念のため高い場所を確認してください」
誰も真面目には聞いていない。魚屋はシャッターを下ろし、子どもたちは自転車で坂を上がり、ぼくは倉庫の鍵を閉める。港では、そういう音も夕方の一部だった。
けれどその日だけ、放送は少し違った。
「これは試験です」
そこで一度、長い間があいた。
「明日の朝、青い傘を忘れます」
ぼくは手を止めた。防災無線がそんなことを言うはずがない。周りを見ても、誰も気にしていないようだった。向かいの船具店の主人は、いつも通り店先の旗をしまっている。
翌朝、ぼくは本当に青い傘を忘れた。
雨は降っていなかった。だから気づいたのは昼過ぎだった。倉庫の入口で空を見上げた時、昨日の放送を思い出した。
次の月の試験放送を、ぼくは灯台の下で待った。
チャイムが鳴る。
「これは試験です」
「帰り道で、言えなかったことを思い出します」
その夜、家へ歩いている途中で、急に父の声を思い出した。何年も前、病室の窓際で、父はぼくに何かを言おうとして、結局笑っただけだった。その口の動きが、街灯の下ではっきり戻ってきた。
たぶん、「気をつけて帰れ」だった。
それから毎月、試験放送は小さな予告をした。なくした切符。会わなくなった友人の名字。押し入れの奥にある紙袋。予告はいつも大げさではなく、当たっても誰にも説明できないものばかりだった。
ある夕方、放送がこう言った。
「これは最後の試験です」
港の音が止まった気がした。波も、車も、遠くの犬の声も、全部が少し遅れて聞こえる。
「本番はありません」
そのあと、スピーカーは黙った。
ぼくはしばらく灯台を見上げていた。試験ばかりで、本番が来ない人生なんて、少し間が抜けている。でも、考えてみれば、ほとんどの日はそういうものだった。
翌月、試験放送は流れなかった。
ただ午後五時になると、町の人たちは一瞬だけ手を止める。誰かが何かを思い出しそうな顔をして、それから何もなかったように動き出す。
ぼくはその沈黙を聞くたびに、港のどこかで、まだ放送されなかった声が海を見ている気がする。