途中保存
閉館の音楽が流れたあと、資料室に忘れ物を取りに戻った。
廊下の照明は半分落ちていて、窓の外では雨が細く降っている。机の上に置きっぱなしにしたノートを鞄へ入れ、帰ろうとした時、奥のコピー機が動き出した。
誰もいないのに、ゆっくり紙を吐き出している。
故障かと思って近づく。排紙トレイには、白い紙が三枚重なっていた。印刷されていたのは、短い文だけだった。
「さっきはごめん」
見覚えのある言葉だった。
昼過ぎ、友人から来たメッセージに返そうとして、結局送らなかった文だ。画面に打って、消して、また打って、最後は面倒になって閉じた。
二枚目にはこうあった。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫と言った」
それも、覚えがあった。昨日の電話で、言いかけて飲み込んだ言葉だった。
コピー機の小さな画面には、いつもの枚数表示ではなく、別の表示が出ている。
「途中保存された返答を出力しています」
ぼくは紙を持ったまま立っていた。
三枚目には、まだ何も書かれていなかった。けれど、紙の端だけが少し温かい。
しばらく待っていると、ゆっくり文字が浮かんできた。
「帰ったら連絡する」
それは、今まさに誰かへ送ろうと思っていた文だった。まだスマートフォンも取り出していないのに。
コピー機は静かになった。
ぼくは三枚の紙を鞄に入れ、資料室を出た。外へ出ると、雨は弱くなっていた。
駅へ向かう途中で、スマートフォンが震えた。
友人からだった。
「こっちも途中保存してた」
その下に、まだ送信中のままの空白がひとつ、長く残っていた。