返却窓口
駅前の図書館へ、閉館ぎりぎりに本を返しに行った。
借りたのは二週間前だった。結局、半分も読めなかった。鞄の中で角だけが少し曲がっていて、申し訳ない気持ちになる。
入口の照明はもう落ちていたので、壁の返却口へ本を入れた。
中で小さく機械音がして、すぐ下の細い窓からレシートが出てきた。
いつもなら返却日と冊数が印字されるだけだ。
けれど、その紙にはこうあった。
「返却できていない貸出があります」
首をかしげる。借りていたのは一冊だけのはずだった。
続きには、覚えのない題名が印字されていた。
『六月の午前』
貸出日を見ると、今日の日付になっている。返却期限も今日だった。
紙を持ったまま立っていると、返却口の奥で何かが動いた。さっき入れた本ではない。もっと薄くて、軽いものが、差し戻されるように出てきた。
封筒だった。
表には何も書かれていない。中には、写真が一枚入っていた。
朝の台所だった。
窓のそばに置いたグラス。まだ手をつけていないパン。床に落ちた光。どれも今朝、自分が見たもののはずなのに、写真の中では少しだけ遠い場所みたいに見えた。
裏返すと、小さく印字されていた。
「この時間は見ないまま返却されました」
その時になって思い出した。
今朝、ぼくは何かに気づきかけていた。外の明るさでも、パンの焼ける匂いでもなく、もう少し手前にあるもの。けれど急いでいて、見ないまま家を出た。
返却口の中から、もう一枚レシートが出てきた。
「再貸出しますか」
選ぶボタンはなかった。
しばらく迷って、写真を封筒に戻した。それから封筒ごと、もう一度返却口へ入れた。
機械音はしなかった。
かわりに、細い窓から朝の光が少しだけ漏れた。
帰り道、駅前の時計は夜を指していた。
それでも鞄の底だけが、焼きたてのパンみたいに温かかった。