折り目の住所
梅雨のはじめで、洗濯物がなかなか乾かなかった。
夜になってから、駅裏で見かけたコインランドリーへ行った。乾燥機の中でシャツがゆっくり回り、窓に映った自分の顔も同じ速さで少しずつ消えたり戻ったりした。
待っているあいだ、折り畳み台の端に小さな紙が貼られているのに気づいた。
「衣類の住所を確認しています」
以前からあったのかもしれない。注意書きはどれも似ているので、普段は読まない。
乾燥が終わると、シャツを一枚ずつ取り出した。まだ少し温かい。袖を伸ばして台に置いたところで、布の下から小さく擦れる音がした。
見ると、取り出したはずの白いシャツが、台の上で少しだけ動いていた。
誰かが触れたわけではない。布が自分で息を吸うみたいに持ち上がり、肩、袖、裾の順に折れていく。畳まれるというより、覚えている形へ戻っているようだった。
畳み方が変だった。四角く収まらず、片方の袖だけが細く外へ伸びている。胸のあたりには、深い折り目が斜めに走っていた。広げようとすると、布は軽く抵抗した。
折り目をたどっているうちに、それが地図に見えてきた。
袖は駅前の細い道だった。襟は古い階段。胸の斜めの線は、前に住んでいた部屋の窓から見えていた電線に似ていた。
その部屋を出てから、もう三年になる。
洗濯表示のタグの裏に、小さな文字が浮かんでいた。
「転居先未確認」
ぼくは笑おうとして、できなかった。
あの部屋を出る時、最後に洗濯したのがこのシャツだった。
窓を開けると、向かいの家の換気扇の音が聞こえた。段ボールは部屋の真ん中に積まれていて、隅には空になった本棚だけが残っていた。シャツはカーテンレールに掛けたままで、乾ききる前に取り込んだ。
ぼくはそのことを忘れていた。
シャツのほうは、忘れていなかったのかもしれない。
家に帰って、シャツを棚にしまおうとした。
けれど何度畳み直しても、袖の先だけが外へ向いた。ほかの服の上に重ねても、棚の奥に押し込んでも、少し時間がたつと、また同じ形に戻っていた。
しばらく考えて、棚の一段を空にした。
着なくなったセーターを下の段へ移し、古いタオルを洗面所へ戻す。そこに白いシャツだけを置いた。
翌朝、棚を開けると、ほかの服はきれいに重なっていた。
そのシャツも、ようやく四角く収まっていた。
折り目はもう、道にも電線にも見えなかった。
洗濯表示のタグを裏返すと、もう何も書かれていなかった。