風の通り道
夕方、帰宅して窓を開けた。
部屋の中が少し重かった。暑いというほどではないけれど、昼の空気がそのまま残っている感じがした。
カーテンはほとんど動かない。
風が入ってこないというより、出ていく場所がないのかもしれない。
そう思って、台所へ行った。
小さな窓の鍵を外して、少しだけ開ける。
部屋の奥で紙が一枚だけめくれた。
それから、カーテンがゆっくりふくらんだ。
風が入ってきた、というより、部屋の中のものが先に出ていったようだった。
その時、子どものころの水泳教室を思い出した。
息継ぎができなくて、顔を上げるたびに苦しくなった。先生は、吸おうとしなくていい、と言った。
水の中で、先に吐いておくんです。
そう言われても、最初はよく分からなかった。
苦しいのに吐くのか、と思った。
けれど、泡を少しずつ出してから顔を上げると、空気は勝手に入ってきた。吸ったというより、空いたところに戻ってきたみたいだった。
カーテンがもう一度ふくらむ。
机の上の紙が床へ落ちた。椅子の背にかけた上着の端が、少しだけ揺れる。
部屋は急に涼しくなったわけではない。
ただ、さっきまで同じ場所に溜まっていたものが、少し動き始めていた。
夜、寝る前に、もう一度カーテンを見た。
外は暗くなっていて、風もほとんど止んでいる。
深呼吸をしようとして、ぼくは先に少し息を吐いた。
そのあとで、部屋の空気が静かに入ってきた。